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札幌地方裁判所 昭和34年(行)4号 判決

原告 佐藤彰朔

参加人 服部喜八

被告 札幌通商産業局長

訴訟代理人 宇佐美初男

主文

原告および参加人の請求を棄却する。

当裁判所が昭和三四年(行モ)第一号事件につき昭和三四年五月一一日になした決定を取消す。

訴訟費用は、原告および参加人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(一)  原告および参加人の申立

次に掲げる請求の趣旨の通りの判決

1  被告が、原告および参加人に対し、後志国奥尻郡奥尻村地内、試掘権登録第四五一〇号けい石鉱区につき、昭和三四年四月六日附札通三三申第五三八号によりなした試掘権存続期間延長申請不許可処分を取り消す。

2  被告が、昭和三四年四月六日、前項試掘権存続期間延長許可を拒否したから、表示六番の記載を抹消するとの登録を抹消登録せよ。

3  被告が、昭和三四年四月六日附を以て、昭和二九年一一月四日右試掘権設定の登録につき前記試掘権がその存続期間の満了により、昭和三三年一一月四日限り消滅した旨の登録を抹消登録せよ。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

(二)  被告の申立

主文第一、三項同旨の判決

第二、当事者双方の主張

(三) 原告および参加人の請求原因

(1)  原告は、後志国奥尻郡奥尻村地内五七ヘクタール四〇アールにつき、被告に対して、昭和二六年一〇月一七日、けい石鉱区の試掘権の設定の出願をなし、昭和二九年一〇月二〇日、その許可を受け、同年一一月四日に鉱業原簿にその旨登録し、昭和三〇年六月九日、参加人と右試掘権を共有するに至つた。

(2)  右試掘権の存続期間は、鉱業法第一八条第一項により、登録の日より二年であるので、原告および参加人は、昭和三一年六月四日、右試掘権存続期間延長の許可の申請をし、同日、その旨の登録をし、昭和三二年一二月五日に存続期間を昭和三三年一一月四日まで延長する旨の許可を受け、同日、その旨の登録をした。

(3)  原告および参加人は、昭和三三年七月四日、右試掘権存続期間再延長の許可の申請をし、同日、その旨の登録をした。

(4)  被告は、昭和三四年四月六日附札通申第五三八号を以て原告および参加人の右再延長許可の申請に対し、誠実に探鉱した事実が明らかでなく、また、鉱床を確認するための探鉱を継続する必要が認められないという理由により、不許可処分をなし、原告および参加人に対し、同月八日、その旨の通知をなした。

(5)  原告および参加人は、本件試掘権の存続期間中、本件鉱区において、その目的たるけい石につき、誠実に探鉱を行い、且つ、その結果、既に鉱床の存在を確認しているから、被告の右不許可処分は違法である。

すなわち、原告および参加人の本件試掘権の目的たるけい石とは、鉱業法上は、珪素一と酸素二の割合による化合物である無水珪酸を主成分とする鉱石または岩石にして、その主成分たる無水珪酸の化学的特性(弗酸以外の酸に冒されず、溶融アルカリにも溶けない性質)および物理的特性(耐火性の強いこと、熱および電気の伝導性の少ないこと、永久的収縮性の少ないこと)により、窯業その他の工業方面に利用され得る経済的価値あるもの一切をその適用の対象とするものと解すべく、鉱業法上何等の制限がない以上、昭和三一年五月七日附鉱第二〇二号通商産業省鉱山局長通牒「鉱業法第三条のけい石の定義について」に拘らず、右のような経済的価値を有する限り、非結晶の無水珪酸と雖もこれを主成分とする鉱石または岩石は凡てけい石であつて、鉱石または岩石の名称、産状、賦存状態、無水珪酸の含有量によつて制限されるものではない。もつとも、無水珪酸を主成分とし、その化学的および物理的特性が利用されるものであつても、鉱業法および採石法に特に別名によつて規定されているものは除外される。

ところで、本件鉱区内の地層は、その基底部において、古生層の次に花崗岩、その上に黒雲母石英粗面岩(流紋岩)、角内黒雲母石英粗面岩、ならびに、輝石安山岩が存在し、地下八〇メートルから二〇メートルまでは花崗岩質粗粒砂岩などの砂岩、凝灰岩、角礫岩などが存在し、その上層部において凝灰質砂岩と凝灰質頁岩が瓦層し、その間に玻璃質流紋岩(玻璃質石英粗面岩)が介在する。右の玻璃質流紋岩は、珪酸質に富んだ岩漿が既成の岩石に貫入し、これを変質させて生成したものであつて、一般の火成岩とは異なる混成岩である。つまり、その地穀の上部はけい化水成岩(堆積岩)であり、その深部はけい化火成岩の一種なのである。そして、右の玻璃質流紋岩は、普通の火成岩の石英が摂氏七三度から八七〇度までで生成されるのに比し、より高い摂氏一〇〇〇度以上の温度で生成されたものであり、完全な玻璃質(ガラス)ではなく、半結晶質のものである。それは、黒曜石でもなければ、真珠岩でもない。黒曜石や松脂岩のように、酸化チタン、酸化マンガン、燐酸を含有しないのである。黒曜石は、玻璃質流紋岩の一種ではあるが、本件鉱区における右の玻璃質流紋岩とは、その色、光沢、形状において異なつている。また、真珠岩は、岩石の実体の名称ではなく、俗称に過ぎないのである。更に、右の玻璃質流紋岩のうちに含有する珪酸鉱物は、無水珪酸七三・二三パーセントから七九・〇五パーセントまで、ばん土一三・六一パーセントから一六・四〇パーセントまで、そのほか、アルカリ、石灰などの成分を含んでいるが、そのうち遊離珪酸分は四九・六八パーセントで、斑晶としての石英(結晶)約一パーセント、玻璃質(ガラス状態、すなわち、非晶質)約四八・六八パーセントを含み、しかも、その玻璃質には、石英または鱗けい石若しくは方けい石の結晶に生長し得る晶子が存在する。もつとも、右の遊離珪酸の顕出は化学分析では不可能である。そして、右の鉱石は、外面雪白、玻璃光沢、極軽量で、大部分が水に浮び、普通コンクリートに比して約三〇パーセントの重量に過ぎず、主要構成体が珪酸とばん土であるため、耐火性に富み、内部多孔質のため、防寒、防臭、防音性があり、電気絶縁、不亀裂等の性能もあるし、漆喰、壁床板、瓦、ブロツク壁用薄板、厚板、骨材、パイプカバー、電気絶縁材、炉材用、園芸用の材料として、目下アメリカでパーライトと称する軽量建築資材の原料と全く同質のものである。その鉱床は、幅七三メートル、高き三九メートルの大露頭を起点として、走向、西三〇度、南傾斜三〇度、北を示し、長さは勝澗山の頂上まで、殆ど右の鉱石の累層をなし、その埋蔵量は二億トンから三億トンまでと推定される。このような鉱床、賦存状態からいつて、火薬による爆発の作業または大仕掛に掘採する場合にはグロリーホール式の竪坑を開坑して、上から鉱石を落し、その鉱石を水平に設けられた運搬坑道から鉱車によつて運搬する方法によらなければならないが、右の竪坑や水平坑の開設は、採石法では許されないのである。以上の諸点からみて、右の岩石ないし鉱石は、従来我が国で再発された日本鉱産誌所載のけい石とは、その産状、組成鉱物、化学成分において若干相違しているところもあるが、そのうちに含有する無水珪酸が、前記のように、従来のけい石と同一またはそれ以上に高度且つ広範囲の用途、埋蔵量、地理関係その他の情況からして稼行価値のある以上、その合理的開発のためには鉱業法の適用を受けるべきものであつて、同法にいわゆるけい石に属することは明らかである。

のみならず、前記の通り、被告は、本件試掘権の設定、ならびに、その第一回の存続期間の延長を許可したのは、本件鉱区における右の岩石ないし鉱石が鉱業法上のけい石に該当することを認めたものに外ならない。それにも拘らず、被告が、前記のような理由によつてなした本件不許可処分は違法であるといわねばならない。

(6)  しかしなから、本件試掘権の存続期間は昭和三五年一一月四日までであり、本件不許可処分について、通商産業大臣に対して鉱業法による異議の申立をし、その裁決を待つていたのでは、その間に存続期間の満了することが予想される。かような場合は、原告および参加人が本件不許可処分の取消請求訴訟を提起するのにあたり、行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる訴願の裁決を経ないことについて正当の事由があるときに該当する。そうでないとしても、原告および参加人は、法定期間内の昭和三四年五月六日、通商産業大臣に対して右の異議の申立をしたが、右申立の日から三ケ月を経過したのにも拘らず、これについて何等の裁決がなされないのである。

(7)  そこで、原告および参加人は、本件不許可処分について、右処分の取消および右処分に基いて被告がなした請求の趣旨第23項記載の各登録の抹消登録手続を求めるため、本訴請求に及んだのである。

(8)  なお、原告および参加人は、本件試掘権の存続中である昭和三四年五月三一日、本件試掘鉱区と重複して採掘転願の申請をし、同年六月から現在まで相当量のけい石を採掘している以上、たとい、試掘権の存続期間が満了しても、若し、その後に採掘権が設定された場合には、前の試掘権と後の採掘権とは、実質的に同一権利の継続とみて法律上の保護を受け得べきものであるから、本件試掘権の存続期間が満了しても、原告および参加人は、やはり、本件について訴の利益を有するものである。

(四) 被告の答弁

(1)  請求原因(1)乃至(4)の事実を認める。

(2)  請求原因(5)の事実を否認する。

(3)  いつたい、鉱業法は、地下資源の合理的開発により公共の福祉に寄与するため、同法第三条に掲げるいわゆる法定鉱物にのみ適用されるものであり、試掘権の存続期間の延長も、右の鉱物を目的とする試掘権であつて、すでに被告からその設定を許可され登録を受けた場合で、且つ、同法第一九条各号の要件を充たした場合にのみ、他の不許可事由のない限り、許可されるものである。従つて、許可された鉱区内において、登録された鉱物或いは登録された鉱物と同種の鉱床中に存在する鉱物以外の法定鉱物または法定鉱物以外のものの調査探鉱を行つても、許可登録された鉱物を誠実に探鉱したものとはいえないし、また、その鉱床、状態を確認するため、更に探鉱を継続する必要があるものとは認められないから、かような場合には、その試掘権の存続期間の延長は、前記の要件を欠くものとして許可されないものというべきである。

原告および参加人の本件試掘権の目的たるけい石の定義については、法律上、何等特別の規定がないけれども、鉱業法でいう鉱物は、同法第一条、第三五条の趣旨からみて有用鉱物の集合体(鉱床)から経済的に採掘し得る岩片(鉱石)であり、単に鉱物学上または岩石学上の鉱物名若しくは岩石名を指すものでないことは勿論であつて、同法第三条に掲げるけい石とは、遊離珪酸資源として有用な鉱石群のことであり、単に化学成分中に無水珪酸を含有する鉱物または岩石全般を指すのではない。昭和三一年五月七日附鉱第二〇二号通商産業省鉱山局長通牒「鉱業法第三条のけい石の定義について」は、これと同じ趣旨によつて発せられたものである。

ところで、本件鉱区内にある岩石は、主に花崗岩で、第三紀層がこれを被覆し、安山岩がこれらを貫いて逆発し、その一部は集塊岩状を呈し、更に黒曜石がこれを貫き、玻璃質火山灰に被われている。この黒曜石並びに玻璃質火山灰は、広く区域の中央部に露出し、黒曜石は、岩脈または熔岩流をなすものの如く、主に勝澗山附近の高嶺を作り、諸処に懸崖をなして露出している。黒曜石は、灰色または灰白色、真珠光沢の玻璃から成り、少量の長石斑晶点布し、やや真珠岩式構造を呈しているもので、断口は滑らかでなく、その一部に浮石層がある。

そして、原告佐藤彰朔が、本件試掘権の設定登録以来、本件鉱区内で探鉱した岩石は、玻璃質流紋岩であり、その成分は、珪酸分七八・二八パーセント、そのうち遊離珪酸は四九・六八パーセント、アルミナ一五パーセント、鉄分三・三パーセント、酸化カルシウム一・二パーセントで、火成作用によるものであるが、従来けい石としては認められていないものである。

被告は、原告の本件試掘権設定の出願申請に対し、当該鉱区内に登録鉱物またはその鉱床の存在を確認しないでこれを許可したのであり、第一回目の本件試掘権の存続期間の延長は、けい石を探鉱するため一回だけ延長を認めて許可したのであるから、右許可の事実だけで、被告が出願地域内に当該出願にかかる鉱物の鉱床の存在を確認したことにならないのは勿論、本件鉱区内にある玻璃資流紋岩をけい石と確認したことにもならない。

そうしてみると、原告は、本件試掘権設定以来、けい石以外のものの探鉱を行つたに過ぎず、けい石を誠実に探鉱したものとはいえないし、また、けい石について鉱床状態を確認するため、更に探鉱を継続する必要は認められないから、本件試掘権存続期間の延長は、鉱業法第一九条第一号および第二号所定の要件を欠くものとして不許可処分にしたのであつて、被告の右の処分は適法である。

なお、原告および参加人の本件試掘権は、設定登録の日から六年を経過した昭和三十五年十一月四日をもつて消滅するから、その後において、右試掘権の存在を前提とする本訴請求は権利保護の利益を欠くものというべきである。

従つて、原告および参加人の本訴請求はすべて失当である。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因第(1)乃至第(4)項は、当事者間に争いがない。

二、本件試堀権再延長申請不許可処分の適否について判断する。

鉱業法は、地下資源の合理的開発により公共の福祉に寄与するため、同法第三条に掲げるいわゆる法定鉱物にのみ適用されるものであり、試堀権の存続期間の延長も、右の鉱物を目的とする試堀権であつて、すでに被告からその設定を許可され登録を受けた場合で、且つ、同法第一九条各号の要件を充たした場合にのみ、他の不許可事由のない限り、許可されるものである。従つて、許可された鉱区内において、登録された鉱物或いは登録された鉱物と同種の鉱床中に存在する鉱物以外の法定鉱物または法定鉱物以外のものの調査探鉱を行つても、許可登録された鉱物を誠実に探鉱したものとはいえないし、また、そのような場合には、許可登録された鉱物について、鉱床状態を確認するため、更に探鉱を継続する必要があるといえないから、かような場合には、その試堀権の存続期間の延長は、前記の要件を欠くものとして許可されないものというべきである。

さて、原告および参加人の本件試堀権の目的たるけい石の定義については、法律上、何等特別の規定がないから、やはり、その一般観念を基本とし、鉱業法の目的に照らして定める外ないが、成立に争のない乙第一七号証の二、同第二四号証から第二六号証まで、同第三四、第三六号証、証人今井秀喜の証言、鑑定人牛沢信人の鑑定の結果によれば、鉱業法第三条にいわゆるけい石とは、珪素一と酸素二の割合による化合物の無水珪酸を主成分とし、特に現在の工業技術によつて分離可能な珪酸すなわち遊離珪酸を七〇パーセント以上含有し、遊離珪酸資源として窯業その他の工業原料に有用な鉱石群を指すこと、そして、このような珪酸は事実上石英であり、石英または石英に基く珪酸分を多量に含むものがいわゆるけい石であり、いかに珪酸分を多量に含んでいても、それが石英に基くものでない場合、すなわち、珪酸と他の元素との化合物である珪酸塩に基くもの、たとい、石英を含んでいても、その量が僅少または分離困難なもの、岩石の経済的用途が珪酸分を利用することにあるものであつても、石英に基く珪酸分を利用するのでないものは、いずれも、ここにいわゆるけい石ではないことが認められ、証人須藤勝美の証言のうちこれと異なる部分は信用し難く、他に右の認定を動かすに足りる証拠は存在しない。検乙第一号証、証人佐藤博之の証言、鑑定人牛沢信人の鑑定の結果によれば、本件鉱区内に産出した検乙第一号証の鉱石は、無水珪酸六七・八四パーセント、そのうち遊離珪酸二パーセントを含んでいることに過ぎないことが認められる。以上認定したところに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告が本件試堀権の設定以来、本件鉱区において探鉱して来たものは、鉱業法上いわゆるけい石でないことを認め得る。被告が、原告および参加人主張の各日時、その主張のように、本件試堀権の設定、ならびに、その第一回の存続期間の延長を、それぞれ、許可したことは、当事者間に争がないけれども、そのことだけから直ぐに右の認定をくつがえすには足りない。証人須藤勝美、佐藤賢介の各証言のうち右の認定に反する部分は信用し難く、右の認定を左右するに足りる証拠は他に存在しない。

そうしてみると、原告および参加人は、本件試堀権設定以来、けい石以外のものの探鉱を行つたのに過ぎず、けい石を誠実に探鉱したものとはいえないし、また、けい石について鉱床状態を確認するため、更に探鉱を継続する必要があるものとは認められないから、本件試堀権存続期間の延長は、鉱業法第一九条第一号および第二号所定の要件を欠くものとして、被告のなした本件不許可処分は適法であるといわねばならない。

三、結局、原告および参加人が、以上と異なる見解に基き、本件不許可処分の違法を前提とする本訴請求は、もはや、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当であることが明白であるから、すべて、棄却を免れない。

四、そこで、行政処分執行停止決定の取消について行政事件訴訟特例法第一〇条、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 浜田治 武藤春光 長西英三)

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